2012年08月21日 21:51

盆踊りと炭坑節

撮影日:2012(H24).08.12

『唄に込められた時代背景、あたたかい人の繋がり』

今年は町内会の役員が回ってきたので、各種行事に駈り出されます。
先日は盆踊り大会があり、会場設営や出店の焼き鳥係で参加してきました。

そんな盆踊りで流れてれていたのが「炭坑節」。

「炭坑節」は盆踊りの曲として一番に挙げられるほどメジャーな歌ですから、そのリズムや「月が出た出た 月が出た うちにお山の 上に出た・・・。」の歌詞は皆さんご存じだと思います。

炭鉱節1


焼き鳥を焼きながら炭坑節に耳を傾けていると、「お前先坑夫(さきやま)仕事なら わたし選炭音頭とり 苦労する気とされる気を 唄でのろけて共稼ぎ サノヨイヨイ」という、初めて聞くような部分があったのでちょっと調べてみました。



炭坑節のオリジナルは、三井田川炭鉱の女性労働者が歌っていた『伊田場打選炭唄』が後に編曲され、1932(昭和7)年に初めてレコード化。その後1948(昭和23)年には、芸者歌手の赤坂小梅がレコードを出してさらに全国に広まります。その後、多くの歌手によって歌われ流行唄、盆踊り唄として今に伝えられています。

座敷唄、流行唄として全国に知られるようになった「炭坑節」、元を辿れば労働の歌、つまりブルースだったとも言えるわけですね。


盆踊りでよく使われている「鈴木正夫の炭坑節」です!


かつて日本の産業を支えた石炭。その石炭を掘り出す炭鉱労働は、過酷で危険極まりないなものでした。
真っ暗な地底で炭を掘る、落盤や出水、ガス爆発など死と隣り合わせの日々。
でも、そこで働く誰もが労働の意味を理解し、働いているときには鉱夫同志、夫婦同士の強い連帯や信頼、思いやりがあったと感じられます。
喜怒哀楽は人それぞれが抱く感情ですが、炭坑で働く人達の心の底には、運命共同体とでも言うべき心の繋がりがあり、そこから唄も生まれたんだと思います。
また、炭坑と関わり合いのない人達も炭坑労働の厳しさを理解し、掘り出される石炭の恩恵を享受していることを分かっていたからこそ、炭坑節は日本人に愛され今日まで歌い継がれ、踊られたきたのでしょう。

それにしても数多ある炭坑節の歌詞はどれも明るいです。
色恋沙汰であったり、夫婦愛であったり、暗い部分が全く感じられませんね。

炭鉱節2


「赤坂小梅の正調炭坑節」をどうぞ!


日本の炭鉱はすべて閉山し、労働者も町も消えてしまいました。
それでも毎年全国の盆踊り会場から「炭坑節」は聞こえてきます。

炭鉱節3


町内の役員という立場上、半ば仕方なく出かけた盆踊り大会ですが、大人も子供も、男も女も、知ってる顔も初めて会う顔も、みんなが一緒になって笑顔で過ごすことの大切さを炭坑節が教えてくれました。

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