2011年05月30日 23:10
長崎高等商業学校(長崎市片淵4丁目)
撮影日:2011(H23).05.29
『静かなキャンパスに残る近代化遺産』
長崎高等商業学校(現在の長崎大学経済学部)は、1905(明治38)年3月、東京高商(一橋大)、神戸高商(神戸大)に次ぐ第三高商として設立され、日本の近代化とともに海外貿易の研究拠点として、経済界・実業家に多くの優秀な人材を輩出してきました。
今は木々も大きく成長し緑豊かなキャンパス内に、高商時代の建造物が登録有形文化財に指定され残っています。

雨に濡れた石畳は絵になりますね。
『静かなキャンパスに残る近代化遺産』
長崎高等商業学校(現在の長崎大学経済学部)は、1905(明治38)年3月、東京高商(一橋大)、神戸高商(神戸大)に次ぐ第三高商として設立され、日本の近代化とともに海外貿易の研究拠点として、経済界・実業家に多くの優秀な人材を輩出してきました。
今は木々も大きく成長し緑豊かなキャンパス内に、高商時代の建造物が登録有形文化財に指定され残っています。

雨に濡れた石畳は絵になりますね。
では、登録有形文化財に指定された構造物を古い順位に紹介すると・・・。
拱橋(こまねきばし) 1903(明治36)年
高商を建てるに際して、西山川に架けられた橋。
橋長17m、幅員9.1mの石造単アーチ橋

幅広の橋です。


長崎高等商業学校倉庫 1907(明治40)年
桁行9.0m、梁間7.1m規模の切妻造、桟瓦葺、建築面積64㎡。
妻入の煉瓦造2階建で、東面して建つ。
基礎を花崗岩布積、壁面をイギリス積で築き、四周に縦長窓を配する。

長崎高等商業学校研究館 1919(大正8)年
桁行22m、梁間12m規模の寄棟造、スレート葺、平入の煉瓦造2階建で、西面して建つ。
モルタル塗のゲーブル及び車寄を中心として縦長上下窓を四周に配した左右対称のつくりで、随所にセセッション風の装飾を施す。



長崎高等商業学校研究館は、実業家の橋本喜造氏からの寄附によって建てられたものです。
橋本氏の生い立ちや、実業家としての功績についても興味深いものがありますが、これについてはまたの機会に・・・。
正門にあった守衛所は、グラバー園内に移築保存されています。
拱橋(こまねきばし) 1903(明治36)年
高商を建てるに際して、西山川に架けられた橋。
橋長17m、幅員9.1mの石造単アーチ橋

幅広の橋です。


長崎高等商業学校倉庫 1907(明治40)年
桁行9.0m、梁間7.1m規模の切妻造、桟瓦葺、建築面積64㎡。
妻入の煉瓦造2階建で、東面して建つ。
基礎を花崗岩布積、壁面をイギリス積で築き、四周に縦長窓を配する。

長崎高等商業学校研究館 1919(大正8)年
桁行22m、梁間12m規模の寄棟造、スレート葺、平入の煉瓦造2階建で、西面して建つ。
モルタル塗のゲーブル及び車寄を中心として縦長上下窓を四周に配した左右対称のつくりで、随所にセセッション風の装飾を施す。



長崎高等商業学校研究館は、実業家の橋本喜造氏からの寄附によって建てられたものです。
橋本氏の生い立ちや、実業家としての功績についても興味深いものがありますが、これについてはまたの機会に・・・。
正門にあった守衛所は、グラバー園内に移築保存されています。