2010年08月09日 23:26

長崎原爆忌 2010

『羅漢さまは見ていた・・・』

65年前の1945年8月9日、午前11時2分。
プルトニウム型原子爆弾が長崎に投下された。

女子挺身隊として、松山町の三菱兵器工場に毎日通っていた妻の母は、たまたま家族の具合が悪く、作業を休み東小島の自宅にいた。

運命の11時02分、玄関外に居た母は閃光を見る。
空は夕日のようなオレンジ色に染まり、その直後、爆風により体は大きく飛ばされた。

気がつくと体には割れたガラス片がいくつも刺さっていたが、幸いにも命に関わるような大きな怪我もなく、今も元気に暮らしている。

いつものように兵器工場で働いていた多くの同僚、友人が、若い命を一瞬にして奪われたことは言うまでもない。

命拾いなんて、「たまたま、偶然、・・・」そんな非日常な、ちっぽけな出来事が発端なのかもしれない。

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筑後町にある「福済寺」は1826年に建立、崇福寺・興福寺とともに長崎三福寺と呼ばれ、大雄宝殿(=本殿)ほか多くの建物が旧国宝に指定されていたが、原爆によって全焼した。
市内で最後まで燃えていたのは、福済寺であったと言われている。

福済寺に行くとひとりの羅漢さまが片ひざを抱え、目を見開き空を眺めている。
あの日も同じように空を眺め、雲の隙間から落ちてくる不思議な物体を見ていた。
悟りを開いた羅漢さまであっても、その後の地獄絵図を知っていたのだろうか・・・。
物言わぬ生き証人の羅漢さまは、今日も静かに空を眺めている。

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今日は原爆の日、犠牲となられた多くの方々のご冥福を祈り、核兵器廃絶。そして何より年寄りも子供も、笑顔で暮らせる社会となることを願いたい。

11時2分 福岡より西の空に向かって黙祷した。


(羅漢さまの写真は、以前撮っていたものです)




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