2024年09月22日 22:20

撮影日:2024(R6).08.08

『バス停は「脇岬海水浴場前」』

夏 納涼 海水浴場
「東望の浜」「ねずみ島」「福田遊園地」「川原」「時津」「宮摺」「茂木立石」「横島(諫早市)」「小江」「小白浜」「長崎水族館」「小島(高島町)「高浜」「脇岬」「柳海(大瀬戸町多以良)」「大草」「長浜(国見町神代)」

(昭和41年(1966年)7月1日 発行の「長崎への招待」第2版より引用)

当時の海水浴場と、現在タウン誌などで紹介される海水浴場では大きく違いますね。

当時から浜木綿とロングビーチで有名な脇岬海水浴場
右の緑は「樺島」です。
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脇岬海水浴場は「ウインドサーフィンのメッカ・・・」と紹介されています。
今日もサーファーがお一人います。
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バス停は「脇岬海水浴場前」。
後ろにあった浮き輪や食事を提供していたお店は潰れたようですね。
長崎(野母)半島でバス停名に「海水浴場」と名の付くものは、「脇岬海水浴場前」「高浜海水浴場前」「岳路海水浴場入口」の3か所のみです。
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景色は昔と変わりません。
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道路の渋滞、海水浴客で賑わう夏の風景はなくなりました。
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2024 夏 長崎 残す海水浴場はあと2つとなりました。



2024年09月16日 21:16

撮影日:2024(R6).08.08

『詳しく歴史を調べてみたい町 樺島』

近郊めぐり
「樺島」長崎から南へバスで1時間いくと脇岬、この脇岬から更に5分(チャッカー船)で樺島に着く。脇岬までの途中の海岸美は、野母半島県立公園の真価を高め、浜木綿も見る者の目を楽しませる

(昭和34年(1959年)5月10日 発行の「長崎への招待」初版より引用)

赤い「樺島大橋」を渡って樺島へ上陸。
樺島はフランシスコ・ザビエルが鹿児島から平戸に向かう際に立ち寄った島で、キリシタンが多く住む島だったそうです。島内には3つの教会がありましたが禁教令によりすべて取り壊され、キリスト教改宗のために樺島熊野神社が興されたと言われています。
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深い入り江の樺島港に入る目印は白い「樺島港東防波堤灯台」です。
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江戸時代中期から樺島は風待ち港として栄え、時化て出港できない場合の中継地として賑わいました。
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写真に写る集落が古町、対岸(写真手前)が新町と呼ばれます。
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風待ち港にうってつけの深い入り江になっています。
明治期以降、樺島を含む野母崎地区は、カツオ釣りとカツオ節加工、鰯漁業と鰯加工などが著しく栄えます。
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1986年(昭和61年)開通した樺島大橋、本土側と中継地点の「中島」の間227mを繋いでいます。
中島からは防波堤道路と「大漁橋」(1983年竣工)で繋がっています。正確には2つの橋を渡らないと樺島には行けませんね。
大漁橋周辺はいつも多くの釣り人が糸を垂れています。
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樺島に渡ってある「樺島港外防波堤灯台(通称・赤灯台)」と樺島大橋。
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脇岬港側にある赤灯台は「脇岬港南防波堤南灯台」です。
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築45年程度の「長崎市営樺島住宅」
子供の頃、このような集合住宅で暮らした私にとっては興味深い建物です。
毎日海を眺められるって贅沢ですよね。
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長崎バスの車両基地がある樺島。始発、終着地でもあるので橋を渡るバスをよく見かけます。
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橋の付け根、本土側(脇岬)の「祇園山公園」から眺めます。
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橋が完成して38年、私が20代の頃でした。
大々的に報道されていた記憶があります。
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樺島大橋から眺める「大漁橋」と樺島港。
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樺島大橋から眺める脇岬港と天草灘。
透き通った青い海、緑の山、青空、雲。最高の景色でした。
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写真は拡大(クリック)するとより鮮明にご覧いただけます。
大ウナギだけではなく、たくさんの歴史が隠れている町 樺島でした。

2024 夏 長崎・・・残すは2か所。月遅れですが何とか9月内に終わらせます。
今年は9月になっても秋の気配など微塵もないので夏ネタですがご勘弁願います!

樺島関係過去記事
樺島灯台→ここをクリック
樺島地下ダム→ここをクリック
榎地蔵尊→ここをクリック
うな太郎→ここをクリック

2024年09月04日 17:00

撮影日:2024(R6).08.08

『シュロの樹が点在する南国の町』

旧・長崎県亜熱帯植物園(サザンパーク野母崎)への進入路です。
いつの間にか進入禁止の鋼製ゲートが設置されてますね。
植物園は昭和44年(1969年)開園、平成29年(2017年)閉園。
閉園の最大理由は園内の地滑り対策が解決できなかったこと、プラス利用者の減でしょうね。
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昭和50年(1975年)の航空写真
①が写真一枚目の進入路部分。先に進むと駐車場、植物園内と続く。
ドーム型温室や遊具施設等はまだないようです。
②部分は後年ペンションがあった場所(現在、建物は現存しますが廃墟となっています)。
1975 植物園


平成22年(2010年)の航空写真
植物園管理棟はレストランが併設されるなど規模拡大、階段状の滝や噴水、ビニールハウス、大温室、右下には遊具施設など新たに確認できます。
左下隅にペンションが写っています。名前はなんでしたっけ?
2010 植物園


植物園を過ぎ、脇岬港を見下ろす高台。
ここには「国民宿舎 亜熱帯」がありました。
今は平屋が二棟、個人所有なのか公的な活用がなされているのか不明です。
シュロの樹が当時の名残りとして残っています。
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脇岬港につきました。バス停は「製氷工場前」です。
中央にある看板には「貝の博物館 野母崎マリンランド 喫茶・レストラン・宴会・宿泊」はっきり確認できます。
使用中のバス停よりマリンランドの看板の方が新しく感じられるのは・・・。
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こちらの入り口にも看板が残っています。旗ポールの奥に見える建物は水産加工場や製氷工場です。
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駐車場は廃船や資材置き場となっています。
マリンランド本体も解体により建物の一部を残すのみです。
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昭和50年(1975年)の航空写真
梅の花のような形をした建物があったんですね。
上部には「国民宿舎 亜熱帯」が写っています。
1975 脇岬


地磯だった海岸線は海浜公園として整備されています。
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野母崎三和漁協活魚流通センターの港
比較的大きな船が出入りしています。
流通センターは生簀水槽がたくさん並んでいて、活魚の購入や地方発送をやっています。
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樺島方向に少し進んだ港です。
ゴマ豆腐が有名な「観月」、出来立ての蒲鉾を販売する「緒方蒲鉾店」がある港です。
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港の中も透明度が高いきれいな海です!
熱帯魚のような蛍光色の青い小魚がたくさん群れていました。
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もう9月になりましたが、しばらく8月の海岸シリーズが続きます。
※航空写真は国土地理院 航空写真閲覧サービスより引用。

9/16 写真3枚追加しました。




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