香焼炭鉱・香焼町関連

2014年03月30日

撮影日:2014(H26).03.23

『今年も見事に咲いています!』

3月23日、香焼チューリップまつりが開催されました。
住民の皆さんが愛情込めて育てた約5万本のチューリップが、今年も色とりどり美しく咲き誇っていました。
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写真中央上に、香焼炭鉱があった時代から唯一残る丹馬団地のアパートが小さく写っています。
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安保アパートがあった場所に今日は出店が並び、特設ステージでは子供達のブラスバンド演奏などが行われていました。

安保アパートがあった頃 → 過去記事
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晴天で暖かな春の一日、いつもは静かな安保地区を笑顔と賑やかな声が包んでいました。
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伊王島へお出かけの際は、是非安保のチューリップ畑にもお立ち寄り下さい。

chibitaro0102 at 18:18コメント(4)トラックバック(0) 

2014年02月09日

撮影日:2009(H21).12.06

『今は消えた「人造大理石研ぎ出し」、略して人研ぎ(じんとぎ)の流し台』

解体途中(2009年)の香焼炭鉱安保アパートの写真から、昭和の生活や炭住アパートの構造を覗いてみました。
安保AP1


今は戸建、アパート・マンションに関わらず殆どの家のシンク(流し台)はステンレス製です。
ステンレス製シンクの量産が始まったのは1955年(昭和30)年、今から60年前のことです。
翌年からステンレスのシンクは公団団地の指定商品となり、急速に全国へ広まっていきました。
安保アパートも昭和30年代に建てられらものですが、まだステンレスシンクの採用は間に合わなかったようです。
安保AP2


ステンレス製シンクが登場する以前は建築用語で「人造大理石研ぎ出し」、略して「人研ぎ(じんとぎ)」と呼ばれる流し台でした。
もちろん今のシステムキッチンと呼ばれるような、調理スペースや収納キャビネット、コンロが一体となったものが生まれる前のことです。
それでも安保アパートの人研ぎ流し台を見ると、浅型と深型のシンク、コンロ設置台、引き出し収納など使い勝手に配慮した造りになっています。
安保AP4


その後日本では、ステンレス製シンクの普及に伴いシステムキッチンが誕生し、シンクはその一部となります。
更に台所と食事をする居間が別々であったライフスタイルが、調理と食事や団欒するスペースを併せ持つダイニンキッチン(DK)、リビングダイニングキッチン(LDK)へと変わっていきます。現在、DK・LDKは間取りを表す規格として呼ばれるようになりました。

ブロック造り2F建ての安保アパート、よく見るとトイレも水洗化されており長崎市内より早く下水道が普及していたようです。
安保AP3


炭鉱は危険と隣り合わせの過酷な労働でしたが、暮らしの中には新しい技術が多数採り入れられていたようです。

今も学校や公園では人研ぎの手洗い場を見ることができますが、需要は減ってしまい人研ぎを施工できる左官職人が居なくなっているそうです。
機械が便利な物を大量に生産した結果、人の技術を淘汰していくのは残念な気もしますね。


chibitaro0102 at 23:07コメント(10)トラックバック(0) 

2014年01月14日

撮影日:2013(H25).12.14

『炭鉱の町がソーラー発電の町に変わっていく』

香焼における石炭採掘は農民のタヌキ堀に始まり、1874(明治7)年香焼炭鉱として組織的な採炭を開始。
その後90年間、幾度の操業休止や経営者の交代を経ながらも日本のエネルギーを支え、1964(昭和39)年香焼炭鉱はその役割を終えた。

昨年、日経トレンディネットのライターさんより、私の過去記事の写真を貸して欲しいとの依頼があり、安保にメガソーラー発電所が出来たことを知った。

日経トレンディネットの記事は → こちら!

香焼ソーラー1


多くの男達が海底深く石炭を掘り出していた時代とは異なり、広大な土地に敷き詰められた発電パネルは無人でエネルギーを生みだしている。
この地に炭鉱があったことは、パネルの足元に溜まった石炭粒が知るのみである。
香焼ソーラー2


香焼、横島、高島、中ノ島、端島・・・すべて石炭で栄えた島。
高島でもメガソーラー発電が行われている。石炭の島が自然エネルギーの島に生まれ変わっていく不思議な取り合わせ。
香焼ソーラー3


今年一発目の記事もこんな感じで始まりました。
拙いブログですが今年もよろしくお願い致します!!



chibitaro0102 at 00:42コメント(5)トラックバック(0) 

2010年12月09日

撮影日:2010(H22).12.05

『変わらぬ姿に安堵する』

本村に貯炭場や埠頭が整備されたもっと昔には、コークス工場がありました。

そのコークス工場の煙突が1本残っていることは以前紹介していますが、香焼を訪れた際にはまずこの煙突が無事であるか、必ず確認することにしています。

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今回も無事だったので安心、安心。

東京スカイツリーよりも、煉瓦煙突くんの方が僕は好きです!

煙突くんの歴史については、こちらの過去記事 → 煉瓦煙突 と 続・煉瓦煙突

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新しいネタでもないので、写真の色とトラックでごまかしました。


話は飛びますが、大河ドラマ「龍馬伝」の終了に合わせるかのように、小曽根乾堂が造った「旧浪平小学校」の解体が始まったようです。
リンクさせて頂いてる「ながさき遠めがね」様が紹介されていました。

「あの時見ておけば良かった・・・。」と後で後悔しないように。

「久しぶり通ったら無くなっとる・・・。」そんなことも珍しくない時代です。




chibitaro0102 at 19:04コメント(3)トラックバック(0) 

2010年12月07日

撮影日:2010(H22).12.05

『石炭貨物船が停泊していた証』

隆盛を極めた香焼炭鉱。

当時、石炭の積み出しを行うために、選炭場のあった安保地区から約1km離れたここ本村に、貯炭場と1,500t級石炭貨物船が接岸できる専用港湾が建設されました。

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のっけから「隆盛を極めた!」と言ってはみても、今の香焼に炭鉱縁の施設は全くと言ってよいほど残っていません。

今日はプレジャーボートが係留され、巨大なコンクリートブロックが造られる静かな港に、当時の遺物であろうものが残っていたので記載します。

続きを読む

chibitaro0102 at 23:55コメント(0)トラックバック(0) 
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