史跡

2015年02月18日

『悩み、苦しみから救う千の手を持つ観音菩薩さま』

脇岬の観音寺(円通山観音寺・曹洞宗)は江戸時代に再建されたものであるが、創建は709年(和銅2年)僧行基により開かれたという。
石造りの立派な山門。
観音寺1


本堂は部分的に修繕が施されている。
観音寺3


江戸時代に彫られたであろう柱の装飾が素晴らしい。
観音寺4


堂内には平安時代末期の作とされる像高約2.5mの木造千手観音立像(国指定重要文化財)が安置されている。
また、天井には川原慶賀や石崎融思らによる天井絵(花卉図)が描かれている。
(堂内は撮影禁止のため、季刊誌「らく」06号より)
観音寺5


江戸時代より長崎から観音寺へ通じる道は「御崎道(みさきみち)」と言われ、観音様詣りが盛んに行われていたという。
前回の権現山見張り番も、勤務交代の際にはこの御崎道を行き来していたそうだ。

観音像のご開帳は月に一度、18日のみ。
平安時代より千年の時を越え人々を見守って来た観音さま、是非一度手を合わせたい。


chibitaro0102 at 00:14コメント(0)トラックバック(0) 

2015年01月04日

撮影日:2015(H27).01.02

『一年間の無病息災と甥っ子の合格祈願に七高山巡り』

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします!

さて、2日は私の誕生日なのですが、これまで特に記憶に残るような一日を過ごしたことがありません。
お正月なので仕方ありませんが、呑んでは寝ての自堕落な一日を過ごしてばかりです。
そこで一念発起、今年は長崎に昔から伝わる「七高山巡り(しちこうさんめぐり)」にチャレンジしてきました。

七高山とは市街を囲む金比羅山(こんぴらさん)、七面山(しちめんさん)、烽火山(ほうかざん)、秋葉山(あきばやま)、豊前坊(ぶぜんぼう)、彦山(ひこさん)、愛宕山(あたごやま)を正月2日から15日頃までに巡拝するという江戸時代からの習わしです。今は山好きの人達が新年の行事として歩いているようです。

午前8時、料亭富貴楼の横から、まず松森神社、西山神社を経由して金比羅山を目指します。
resize0739


写真が多くなりますが、備忘録ということで・・・。

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chibitaro0102 at 15:06コメント(4)トラックバック(0) 

2014年11月29日

撮影日:2014(H26).11.28

『闇夜に浮かび上がる幻想的な紅葉と阿弥陀如来坐像』

今年は28日、29日にライトアップが催されるとのこと、仕事を終え急ぎ出かけました。
近頃テレビでは、福山雅治さんのビールCMでも富貴寺とイチョウの映像が流れていますね。
富貴寺2


富貴寺大堂(阿弥陀堂)は、日本三阿弥陀堂(宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂)のひとつに数えられ、国宝指定されています。
富貴寺3


ライトアップが行われる期間は普段開くことのない正面扉が開けられ、重要文化財の阿弥陀如来座像を阿弥陀堂全景に収め見ることが出来ます。
今は風化により確認できませんが、阿弥陀さまの周りには極彩色で描かれた極楽浄土の壁画があります。

再現された壁画は → こちらをクリック

富貴寺4


阿弥陀さまに参拝し、この風景を心と写真に無事収めることが出来ました。
四季それぞれ、日本の美しさを堪能できる風景がここにもあります。
富貴寺1


2日間限定の特別な夜、ミニコンサートも行われ心落ち着く感じがしました。
また、大根炊きの振る舞いも美味しかったですよ。

chibitaro0102 at 08:34コメント(2)トラックバック(0) 

2014年11月26日

撮影日:2014(H26).11.23

『瀧廉太郎作曲「荒城の月」を生んだ難攻不落の名城』

標高325mの高さにそびえ立つ堅城。
文禄3年(1594)に豊臣秀吉の命でこの地にはいった岡藩初代藩主中川秀成(ひでしげ)が石垣づくりの城とした。
岡城跡1


明治2年(1869)版籍奉還後の4年(1871)、14代277年間続いた中川氏が廃藩置県によって東京に移住し、城の建物は7年(1874)大分県による入札・払い下げですべてが取り壊された。
岡城跡2


少年時代を竹田で過ごした瀧廉太郎は、荒れ果てた岡城に登って遊んだ印象から、明治34年(1900)に中学校唱歌「荒城の月」を作曲する。
岡城跡3


春高楼(こうろう)の 花の宴(えん)
巡る盃(さかづき) 影さして
千代の松が枝(え) 分け出でし
昔の光 今いずこ

秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁(かり)の数見せて
植うる剣(つるぎ)に照り沿いし
昔の光 今いずこ

今荒城の 夜半(よわ)の月
変わらぬ光 誰(た)がためぞ
垣に残るは ただ葛(かずら)
松に歌う(うとう)は ただ嵐

天上影は 変わらねど
栄枯(えいこ)は移る 世の姿
映さんとてか 今も尚
ああ荒城の夜半の月

残された石垣が当時の姿をしのばせ、春の桜、秋の紅葉と四季折々の姿で訪れる人たちを楽しませている。



chibitaro0102 at 23:56コメント(3)トラックバック(0) 

2014年11月09日

撮影日:2014(H26).11.02

『雲仙に伝わる人と犬の強い絆』

忠犬ハチ公、タロとジロ、里見八犬伝、名犬ラッシーなどなど、人と犬の深い愛情や絆の話は多々ありますが、雲仙にも伝えたい話が残っているのでご紹介したいと思います。

小浜から雲仙に向かい、雲仙教会に入った道路沿いに名犬矢間の墓はあります。
義犬矢間1


名犬矢間

 雲仙湯元の犬矢間は、ご主人の加藤小左衛門正時から「矢間。お使いに行ってきておくれ」といわれると、手紙を風呂敷に包んで、首に巻きつけてもらい挨拶代わりに「ワン」と一声吠えて、喜んで三里(およそ十二キロ)の山道を越えて矢櫃にある八木家まで元気に走っていきます
 八木家について「ワン」と吠えると「おー、よしよし。矢間、ご苦労だったな」と当主が手紙を受け取ります。
 矢間は好きなご馳走を貰い、しばらく八木家の気持ちのよい屋敷の中でゆっくりと昼寝をして、返事の手紙を風呂敷に包んでもらい首に結わえてもらって雲仙にかえるのでした。
 急用があれば、雪の日でも雨の日でも矢櫃まで喜んでお使いに行くのでした。

ある暑い日。雲仙から矢間は、いつものように手紙を首に結わえてもらって矢櫃まで下って行きました。
 もうすぐ八木家に着く山路で、八木家の五つになる上枝(ほずえ)という娘が、真っ蒼になってじっと立っていました。その足元に真っ黒いカラス蛇が、いまにも飛びかからんばかりに鎌首を上げて上枝を睨んでいました。
 多分、上枝の毬がカラス蛇の寝ていた草むらの中に落ちたのでしょう。
 とたんに矢間は、上枝を助けようと「ワンワン」吠えながらカラス蛇にかかって行きました。びっくりしたカラス蛇は、草むらの中に逃げて行きました。
 「矢間!」上枝は泣きながら矢間にしがみつきました。八木家の当主は、上枝が矢間に助けられたことを感謝して手紙に書き添えました。
 
あるどんよりと曇った日。湯元の小左衛門は、法要の打ち合わせのため手紙を書いて浅黄色の風呂敷に包んで「矢間、ご苦労だが八木家に行ってきておくれ」と、矢間の首に巻きつけようとしましたが、すぐ喜んでお使いをする矢間が、どうしたことかこの日は、小左衛門正時の手をなめてなかなか風呂敷を結ばせません。
 甘えるようにご主人の目をじっと見つめていました。でも元気に一声吠えると走っていきました。
 矢間は矢櫃の帰り、札の原(昔湯元掟という木札が立っていたところ)というところで倒れておりました。首には風呂敷はありませんでした。
 きっと泥棒が、風呂敷に何か入っていると思ったのでしょう。矢間のお腹と頭にひどく叩かれたあとがありました。矢間は泥棒に風呂敷を取られまいと戦ったのですが、敵わなかったのです。
 もうすぐ湯元だったのに、矢間はどんなに悲しかったことでしょう。日ごろ可愛がってもらっているご主人に会えずに個々に倒れてしまったことを。

札の原の側に住んでいる人が、矢間を見つけましたが、もう死んでいました。
 知らせを聞いて小左衛門正時をはじめ湯元の人々も駆けつけました。皆、口々に「矢間。矢間」と言って哀しみました。
 「あんなに元気だった矢間が、こんなに変わり果てた姿になるなんて」皆で札の原に丁寧に葬りました。忠義で利な犬でしたので小左衛門は、『天明七年十一月二十四日名犬矢間の墓』と石に書き、山間の姿を石に刻み、札の原に建てました。今もそのまま建っています。

 これは二百年余り前の話です。

このお話は雲仙「湯元ホテル」公式HPの「湯元のはなし」から引用させて頂きました。
「湯元のはなし」には他にも興味深いお話が紹介されています → 湯元ホテル「湯元のはなし」

義犬矢間2


矢櫃は現在の南島原市北有馬町。矢櫃川、矢櫃公民館があります。
矢櫃川周辺は、江戸時代、島原の乱で地域住民のほとんどが死に絶えた後、幕府の政策により四国の小豆島より移住した公儀百姓、八木家が居住した地であり、八木家は、広大な農地、山林を所有・管理してきたそうです。

今日は忠犬ハチ公よりもずっと昔の伝え残したいお話でした。
忠犬という呼び方は、ハチ公から始まったそうです、その前は義犬と言われていたようです。

久しぶりの記事更新、今年も残りわずかになってしまいましたね。



chibitaro0102 at 22:10コメント(0)トラックバック(0) 
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