食べ物

2020年04月14日 00:30

撮影日:2012(H24).11.17

『並んでも食べた定食屋さん』

今日も昔の写真帳(2012年)から・・・。

福岡市には二度転勤し、合計7年間の単身生活でした。
s-DSC00744


福岡転勤が決まると「天神が近くてよかねぇー、都会でよかねぇー」などとよく言われましたが、毎日の暮らしだけを考えると長崎だろうと福岡だろうと大差はありません。
都会で得られる便利さや楽しみは、お金と相関関係がありますからね。
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ただ、そんな福岡生活で良かったことは、食事処がたくさんあることです。
もちろん高級店ではなく、いろんな定食屋さんがあることでした。
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今日の写真は天神から少し離れた場所にある「梅山鉄平食堂」。
魚メインの定食屋さんで、刺身から煮つけまでいろんな魚のメニューが揃っていました。
「今はどーなっているのかなぁ?」と思って検索すると店舗が増えていたので大繁盛なのでしょう。

グルメねたは滅多に登場しないこのブログですが、今日は「梅山鉄平食堂」おすすめです。

梅山鉄平食堂 → クリック



2013年12月18日 23:05

『寺もないのに大徳寺焼餅はある!』

樹齢800年と見られる大徳寺の大クス、古い石畳と明治期から続く焼餅屋の菊水。
今年も残すところあとわずか、慌ただしさを忘れゆっくり時が流れる場所へ出かけました。
菊水2


菊水さんは旧大徳寺跡に1887(明治20)年創業、同跡地に建立された大楠神社や招魂社の参拝者や、近くにある花街丸山のお客や芸者衆などで大いに賑わったそうです。
菊水1


昔ながらの製法で長崎人に愛される味が今も受け継がれています。

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2013年01月28日 23:25

撮影日:2013(H25).01.27

『鉱夫達の胃袋を満たしたチャンポン』

長崎にやってきた中国人留学生に、安くて栄養価の高い食事を提供したいという思いから生まれたチャンポン。
そんなチャンポンも所変われば、日々過酷な労働に汗する炭鉱(やま)の男達の胃袋を満たす食事となり、杵島炭鉱のあった武雄市北方周辺では今もその味が受け継がれています。

と言うことで、北方までチャンポンを食べにぶらっと出かけました。

杵島炭鉱1


野菜大盛りを注文しました。見た目びっくりしますが、食べ始めると苦にもならず完食です。スープは濃い目、野菜がたっぷりでも味が薄くなることはありません。
武雄へお出かけの際は、是非チャンポンを食べてみてくださいね。

さて、チャンポンだけでは今の北方町周辺に大きな炭鉱があったとは想像もつかないので、杵島炭鉱の遺構を紹介します。
この煉瓦の変電所跡は、大町町に残る杵島炭鉱関連の建造物です。
杵島炭鉱3


炭鉱王と呼ばれた地元資産家高取伊好(たかとりこれよし)が、1909(明治42)年、当時北方村大字志久(しく)にあった諸炭鉱を買収統合し、杵島第一坑(本坑)、杵島第二坑とし、本格的開発が始まります。
1919(大正8)年の出炭量58.6万トンは県下の約27%を占め、三菱の相知(おうち)・芳谷(よしたに)の大炭鉱を上回っるほどの勢いがありました。
1929(昭和4)年大町村の佐賀炭鉱を買収して第三坑とし、1918年設立の高取鉱業会社から杵島炭鉱会社と改称し、本拠を北方から大町に移します。
杵島炭坑4


同年には第四坑を開坑、文字どおり県下最大炭鉱となります。
1937(昭和12)年には、佐賀県内出炭髙109万トンのうち83万トンを占め、県下一の大炭鉱として佐賀の産業発展に寄与しました。
1943(昭和18)年には江北(こうほく)村に第五坑を開きます。本拠大町は炭鉱町として急激に発展、50年には人口2万4000人に達する炭都となりました。
そんな大規模な杵島炭鉱でしたが、他の炭鉱と同様にエネルギー革命の波を受け、1969(昭和44)年に閉山、閉山後は大半の人口が流出し、現在は7,000人余の静かな町となっています。

杵島炭鉱3 (2)


大規模炭鉱だったことから、周辺には遺構がまだまだ眠っているような気配がありました。

杵島炭坑5


少し暖かくなったら、またゆっくり散策してみようと思っています。

2012年11月07日 01:30

撮影日:2012(H24).11.03

『三角屋根の建物は、なぜ人の記憶に強く残るのだろう・・・。』

東彼杵から嬉野方向へ、俵坂峠を越える国道34号線。

まだ高速道路なんてない子供の頃、佐賀の親戚宅に行く際はいつもこの道を通っていました。
(今は通勤に利用していますが・・・)

昼間は緑の山を眺め、夜は真っ暗な道を今も昔も変わることなく走ります。

山景5


そんな峠の途中にあるのが「ドライブイン山景」です。

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2012年05月22日 01:00

『皿うどんの旨さを引き立てる魔法の茶色い小瓶』

テレビで「ふぁいとぉー・イッパーツ!!」で有名なリポDこと、リポビタンDが発売50周年を迎え、出荷総数340億本を突破したと言っていた。
私も少なくとも200本位は大正製薬に貢献していると思う・・・。

そんなリポDの話を見ていたら、急に皿うどんが食いたくなった(無茶苦茶な展開だが根拠はある)。

リポDにはタウリンとか言う元気の素が入っているらしいが、長崎人にとってリポDの瓶には皿うどんのソースが入っている!これが常識。

皿うどん1


県外の人には理解しがたいことのようで、またTVやネット上でもしばしば取り上げられている話題なので、ちょっと現状を検証してきました。

今回、伺ったちゃんぽん屋さんは中川の「洋々軒」さん。長崎各所にある地域密着型、出前が中心の中華料理屋さん。実家に居る頃はいつも配達をお願いしていたお店。
大きなお店に見えますが、店内は調理場と6・7人程度が掛けられるカウンターがあるだけ。

皿うどん2


お店で注文したのは皿うどんセット、焼き飯がついて価格は750円。
出来上がった皿うどんを眺めながら調理場のおかあさんに、「今でも出前のソースはリポDに入っとっとですか?」と変な質問したら、「そー、うちは今でも栄養ドリンクの瓶に入れとるよ!」って笑いながら出して頂いたのが1枚目の写真。

でも、ソース入りリポDは出前の皿うどんに付いてくるもので、店内ではしょうゆ差しタイプの容器が使用されているので、普段は見ることも使うこともありません。
おかあさんの話では、一人前の出前にはプラ容器にソースを入れ添えているが、二人前以上はリポDの瓶を今も使っているとのこと。
瓶は熱湯消毒して乾燥させて使ってますよ!とのことでした。
これで良いんです!出前でプラ容器に入ったソースが付いてくると、何となくがっかりするんですよね。

皿うどん3


・皿うどんは家にお客さんが来たときの持て成し料理。本当はちゃんぽんより格上。
・皿うどんは大皿に盛られ、風呂敷に包まれてやって来る。
・チャンポンは3人前とか、3つとか数で注文するが、皿うどんは2000円のやつなどと金額で注文できる。
・リポDのソース、実は皿うどんに注ぎにくい。ドバッと出たりする。キャップに一度注いでかけたり、箸に沿わせてかけたり人それぞれ。
・皿うどんのソースは甘い。
・伸びたチャンポンは食えないが、翌朝やわやわになった皿うどんは結構いける。学校給食で出る皿うどんはこんな感じ。
・紅白のかまぼこは他県にはない。

さすが長崎、皿うどん一つでまだまだ記事が書ける気がしますが、それはまたの機会に。

ごちそうさまでした。

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