消えゆくものと消えたもの

2015年10月08日

撮影日:2015(H27).08.31

『映画・火宅の人に見る野首集落』

先日、野崎島がロケ地になった映画「火宅の人」のDVDを観ました。
檀一雄原作、小説は文学雑誌に1955年から20年にわたり掲載、1975年に単行本となり、今から30年の1986年に映画化されました。
出演者は緒方拳(主人公)、いしだあゆみ(妻)、原田美恵子(愛人)、松坂慶子(行きずりの女)・・・

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話の内容を超簡単に言えば、主人公の作家「桂一雄」は妻と病気の子供を含む5人の子供がいながら、新人女優との愛人生活、行きずりの女との放浪生活を送るという話です。とは言え、ドロドロした愛憎劇でもないところが・・・。

野崎島は、行きずりの女「葉子」(松坂慶子)の故郷として登場します。
実家が野首教会の上にあり、港、教会や周辺の風景が登場します。
映画のシーンと現在の様子と比較してみたいと思います。

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chibitaro0102 at 23:35コメント(0)トラックバック(0) 

2015年10月06日

『無駄な時間があるから旅は楽しい・・・』

今でもJRの列車を「汽車」、路面電車は「電車」と呼んでしまう長崎人の私です。
さて、5日のGoogleトップページは時刻表が貼り付けてありました。
何事かと思ったら、日本初の時刻表出版121周年を記念したロゴだったようです。

と言うことで、手もとにある昔の時刻表を引っ張り出てみました。
出版は昭和54年7月(1979年)号、今から36年前の時刻表です。

現在、長崎や佐世保駅を発着する列車で愛称が付いているのは、「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」と「シーサイドライナー」程度でしょうか・・・。
それに比べてこの当時は特急や急行列車が数多く運行されていたこともあり、寝台特急列車の「さくら」「あかつき」「みずほ」をはじめ、「弓張」「出島」「雲仙」「西海」「平戸」、別府発の「西九州」なんて列車も・・・。
長崎ゆかりの愛称が付いた列車がたくさんありました。
鉄道に詳しくない私でさえ「さくら」は列車番号1番、東京発の花形列車だったことに改めて気付きます。

時刻表2


鹿児島本線の頁を見ると、「えびの」「にちりん」「ぎんなん」「まつかぜ」「ゆのか」「さんべ」「かいもん」「火の山」「有明」「ちくご」などなど・・・。
愛称だけでどの県を走っていた列車であるかが想像でき、いかに鉄道輸送が主流の時代であったかがよく分かります。

時刻表3


東京出張も飛行機での日帰りが当たり前の時代になりました。
個人旅行も目的地に早く着くかが求められます。
速さは時間を有効に使うには重要なポイントだと思いますが、たまには目的地に着くまでいろんな事を考えたり、普段より他人と多く会話したり、昔、寝台列車や急行を利用していた頃のような時間の使い方があってもいいんじゃないかと思います。
今はのんびり時間を使うと、「無駄」とか真逆に「贅沢」だと言われます。

ところで36年前の時刻表、私は17歳。なぜこの時刻表が手元にあるのか記憶にありません。
旅行の予定があったのか、はたまた家出の計画でも練っていたのか・・・(笑)。

chibitaro0102 at 02:59コメント(0)トラックバック(0) 

2015年10月01日

撮影日:2015(H27).09.01

『人は去り、自然に還る村の風景』

野崎島には、野崎・野首・舟森の3つの集落があった。
中でも野崎は島で最も古くからある集落で、住民のほとんどは沖ノ神島(こうじま)神社の氏子で神官家を中心に強い絆で結ばれていたという。
キリシタン集落であった舟森集落は1966(昭和41)年、野首集落は1971(昭和46)年に全ての住民が島を離れたが、野崎集落においては沖ノ神島神社宮司が2001(平成13)年まで島を守り続けた。
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時間と共に崩れていく廃屋、その傍らで成長し続けるアロエ。
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野崎集落の突端、サバンナのような風景の先に神道と仏教徒の墓所がある。
中央、山のくぼみに野首教会が小さく見える。
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今回の小値賀島、野崎島訪問。
日程設定は正しかったが、天候が・・・。
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また機会があればリベンジしたい野崎島!!



chibitaro0102 at 23:02コメント(2)トラックバック(0) 

2015年07月23日

撮影日:2015(H27).07.11

『理想郷は訪れた人の夢の彼方に・・・』

前回の別府オルレコースがある志高湖周辺には、「志高ユートピア」というレジャー施設がありました。
オルレコースから少し外れた林の中や、生い茂る夏草の向こうに、当時の賑わいを感じさせる遺構が今も点在しています。

志高ユートピアの開園は1968(S43)年、その後リフトやロープウェイが整備され1984(S59)年には約4km先の遊園地「ラクテンチ」と繋がっていたようです。

カート場や巨大迷路などのアトラクション、ホテルも完備した一大レジャー施設だったようですが、2003(H15)年、今から12年前に休園(事実上の閉園)しています。
志高ユートピア1


リフト、ロープウェイは閉園前の1998(H10)年には廃止されたようです。
平成不況の時勢を考えると、総延長4kmの設備維持は非常に厳しい状況であったことが想像に難くありません。
ちなみに鶴見岳への別府ロープウェイは約1.8km、故郷長崎の稲佐山ロープウェイは約1kmです。乗り継ぎとはいえ山中に4km・・・長いですね。

操業時から30数年、停止後すでに17年。、リフトチェアーはワイヤにぶら下がったままです。
時空の中を永遠に漂っているような感じがします。
志高ユートピア2


当時、西日本唯一の本格的なカートコース。レーサー気分でエンジン全開、多くの方がスピードと爽快感を楽しんだことでしょう。
志高ユートピア3


志高ユートピア4


ユートピアは理想郷・・・。
現実には決して存在しないもの・・・。



chibitaro0102 at 20:25コメント(0)トラックバック(0) 

2015年06月10日

撮影日:2015(H27).06.06

『赤迫と蛍茶屋、終電にのみ登場する2番電車』

長崎市民の通勤通学、また旅行者の観光地巡りの足として活躍するチンチン電車。
どこまで乗っても1回120円、観光に便利な一日乗車券は500円。

チンチン電車9


今日は久しぶりに一眼レフをぶら下げて、夜のチンチン電車を取材してきました。

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chibitaro0102 at 00:53コメント(0)トラックバック(0) 
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