近代化遺産・産業遺産

2017年03月08日

撮影日:2013(H25).04.07

『塔博士 内藤多仲が手掛けたタワー6兄弟の三男坊』

別府タワーは塔博士、耐震構造の父と呼ばれる内藤多仲(ないとうたちゅう)早大名誉教授の設計により、1957年(昭和32年)5月10日に完成した。高さは90m。

別府タワー1


内藤多仲氏が手掛けた名古屋テレビ塔(1954年)・大阪通天閣(1956年)・別府タワー(1957年)・さっぽろテレビ塔(1957年)・東京タワー(1958年)・博多ポートタワー(1964年)は、タワー6兄弟と呼ばれている。

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2017年03月07日

撮影日:2013(H25).04.07

『郷に入れば郷に従え。好奇心があればより楽し!』

先日お伝えしたように、4年にわたる私の別府生活は今月末をもって終了。
まだ紹介できていない大分の記事を急ぎアップしようと思います。
説明不足な点も多いと思いますが、何とぞご容赦願います。

楠港(別府港)に船で着いた観光客が、雨に濡れずに「竹瓦温泉」に行けるようにと考えて作られた、わが国最初の木造ガラス張りアーケードです。

竹瓦アーケード


完成は1921年(大正10年)、現存する日本最古のアーケードと言われています。
多くの商店が建ち並び、身動きできないほど人が溢れたこの通りも時代の流れには逆らえず、今は静かに当時の姿をとどめています。
現在、歴史的価値のあるこのアーケードを保存、活用する運動が行われています。

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chibitaro0102 at 21:00コメント(1)トラックバック(0) 

2016年09月30日

『日本遺産って何だっけ?』

今年の夏は仕事が何かと忙しく、帰宅してはエアコンのない部屋で蒸されぐったり・・・。
ブログの更新は夏期休養とさせていただきました。訪問いただいた皆様、申し訳ありませんでした。
やっと季節が変わり、心身ともに落ち着いたので2ヶ月ぶりに更新します。

では、前回の記事「この建物はなんでしょう?」の回答から・・・。
答えは高さ136mの3つの塔が、300m間隔の正三角形に配置されている「佐世保無線電信所(針尾送信所)」です。
簡単でしたね!
(油庫と3号塔・油庫はガイドの方の詰所、見学の受付として活用されています)
針尾送信所8


いざ見学できる3号塔へ。
針尾送信所1


佐世保無線電信所は、旧日本海軍が最新の鉄筋コンクリート技術と、巨費を投じ建設した長波通信施設です。
完成は1922(大正11)年。着工から4年の歳月を要しました。
長波無線塔は1920年前後の短い期間に集中して造られましたが、現在は殆どが解体撤去されており、この佐世保無線電信所は局舎と無線塔が現存する国内唯一の施設になっています。

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chibitaro0102 at 17:22コメント(1)トラックバック(0) 

2016年07月29日

撮影日:2016(H28).07.16

『高く、高く、遠くへ届け』

(本日のお題)

さて、この建物はなんでしょう?

送信所


(ヒント)

・長崎県に存在します。

・鉄筋コンクリートで造られています。

・築90年以上経過しています。

・国の重要文化財建造物に指定されました。

・太平洋戦争勃発に関係したと言われています。

・高さ136m、周囲に同じ物があと2つ存在します。


 回答は次回に・・・・。 歴史や遺構に興味がある方には簡単ですね!

chibitaro0102 at 22:15コメント(0)トラックバック(0) 

2015年11月28日

撮影日:2015(H27).11.23

『世界遺産になっても身近に感じられない施設が多い』

外国船の修理を目的に、トーマス・グラバーと薩摩藩士が計画して1869(明治元)年に完成した長崎市小菅町の「小菅修船場」。
長崎市民にはソロバンドックと呼ばれ親しまれています。
小菅3


煉瓦造りの小屋には、船を陸上へ移動させるための蒸気機関の曳揚げ装置(英国製)が据え付けられています。
小屋は現存する日本最古の本格的な煉瓦造(蒟蒻煉瓦)の建物で、曳揚げ装置も日本最古の蒸気機関を動力とするものであり、今般の世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成施設となりました。
小菅1


私自身、小菅修船場は桜の季節やドライブ途中に度々訪れていましたが、小屋内部は窓越しに覗くしかなく、機会があれば是非見てみたいと常々思っていました。
今回、市と所有者である三菱重工業の協力により、土日祝日に限り公開となりました。
小菅2


炭をくべて蒸気を発生させるボイラーと大小8枚の組み合わされた歯車、シンプルな構造ですが最大1,000トンの船を曳揚げる能力があったそうです。
見たところボイラーの基礎に使われている煉瓦は薄い蒟蒻煉瓦ではありませんね。明治34年頃にボイラーの載せ換えがあったからでしょうか・・・。
小菅4


ところで、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の長崎県内構成施設は、「小菅修船場跡」、「旧グラバー住宅」、「高島炭坑」、「端島炭鉱」、「三菱長崎造船所関連施設(第三船渠、旧木型場、ジャイアント・カンチレバークレーン、占勝閣)」です。多かれ少なかれ三菱と関係のある施設ばかりです。
(写真は桜の季節)
小菅5


高島・端島炭鉱はお天気と相談しながら船で行く必要がありますし、第三船渠、ジャイアント・カンチレバークレーンは造船所内なのでまず近づけません。占勝閣は外観を眺めるだけで、内部は写真すら公開されていません。

旧木型場(現・三菱資料館)は、やっと平日も予約すれば見学できるようになりましたが、施設維持管理料として800円徴収するようになっています(以前は平日のみ開館で無料)。

「憎いね!三菱ッ」って感じですよねぇ。



chibitaro0102 at 21:33コメント(0)トラックバック(0) 
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