2018年09月10日

デ・レーケ導流堤(福岡県大川市・柳川市、佐賀市)

撮影日:2018(H30).09.09

『干潮の時に現れる近代土木遺産』

若津港は江戸時代に久留米藩により築かれ、米や麦、大分・日田からの木材積出港として栄えた。
筑後川は河口に近づくと幅が広く、流れがゆったりとなる。さらに有明海の干満の差は約6メートルと大きい。
このような条件から川底には土砂が堆積しやすくなり、船の出入りを妨げることとなる。
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明治期になり船が大型化すると堆積物の問題がより大きくなった。そこで当時の政府(内務省)は灌漑・干拓の土木技術に優れたオランダより技術者ヨハネス・デ・レーケを招聘、解決策として導流堤の建設を決定した。
導流堤の構造を簡単に言うと、川の中央部に石組みの堤防を築くことにより川を分割、川幅を狭めることにより流れを速め土砂を押し流そうとするものである。resize0130


遠く雲仙岳を望む6.5キロにわたる美しい石組みの堤防は、明治23年(1890年)に完成、「若津港導流堤」または「デ・レーケ導流堤」と呼ばれ市民に親しまれる近代土木遺産である。
明治30年代には多くの貨客船が神戸大阪航路、東京航路、鹿児島航路に就航する有明海経済圏の最盛期を迎えた。
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現在、若津港に大型船の姿はないが、有明海で漁を行う船がひっきりなしに行き来するのを見ることができる。
船はすべて川の東側を航行している。築100年を経過した現在もその役割を果たし、東側は水深が深く、西側は土砂が堆積していることを大潮の日ははっきりと確認することができた。


chibitaro0102 at 22:47コメント(2)近代化遺産・産業遺産  

コメント一覧

2. Posted by ちび太郎   2018年09月11日 20:03
青空さま

忘れた頃の更新となりました。
次の更新は---
時々覗いて下さいね。ありがとうございます。
1. Posted by 青空   2018年09月11日 00:26
4 久しぶりのプログ楽しみにしていました。🎵

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