2012年05月28日

震洋特別攻撃隊基地・その2(長崎市牧島町)

撮影日:2012(H24).05.19

『謎の石積みと係船柱・・・。』

前回のコンクリート水槽までは足場の悪い急な斜面を下りる必要があり、これ以上近づくことは止めました。
一度、林の入り口まで引き返し、緩やかな斜面を選んで海岸に下り「震洋基地」の遺構を探すことにしました。

どうにか海岸にたどり着くと、転がる石には牡蠣がびっしり付き、緑が海まで押し寄せるような風景です。何となく激戦のあった南方アジアにでも遺構調査に来ているような感じがします。

「震洋」のなれの果てを想わせるような、小型船が朽ち果て沈んでいます。
震洋攻撃隊3


「震洋」は一人乗りの1型と、後に二人乗りの5型が造られました。
どちらも全長約5m、幅約約1.7m、トヨタ製の自動車エンジンを一人乗りは1基、二人乗りは2基装備し、船首部に250kg爆弾を装着して敵艦めがけて体当たりするという特攻兵器でした。
震洋攻撃隊6


この周辺の海岸線には、低い石積みが至る所に見られます。
場所から想像するに、島の農業や漁業のために造られたものではなく(造る必要性を感じない)、震洋基地が設置される際に何らかの目的で築かれたように思われますが、真偽のほどは分かりません。
季節的にも草木が生い茂り、藪の中に分け入ってまで遺構を探す気にはなれず、少し海岸線に沿って歩くことにしました。
震洋攻撃隊4


満潮なら歩いて進めないような岩場の途中に、古い係船柱がありました。
石とコンクリートを混ぜて造った係船柱。戦争当時の構築物にはこのような造りのものが多く存在します。
係船柱に残るロープの残骸は、養殖業のいかだを繋いでいた今のものでしょう。
震洋攻撃隊5


当時、訓練時の震洋や軍関係の船を繋いでいたと思える係船柱。

この周囲も木々に覆われていますが、近くに別な遺構が隠れていることを予感させるものでした。

つづく・・・。



chibitaro0102 at 20:00コメント(0)トラックバック(0)戦争遺構  

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