2020年10月11日 16:38

高島周遊 その5・RCアパート群(長崎市高島町)

撮影日:2020(R2).09.21

『緑の島に還る』

時代ごとの空中写真で、高島の様子をご確認下さい。
空中写真は「国土地理院・地図空中写真閲覧サービス」より出典しております。

※写真はクリックすると拡大します。

1962年

1962


1975年
島内には民家や炭鉱住宅、高層アパート群がびっしり建ち並んでいる様子がよく分かります。
s-高島・74


1982年
閉山4年前、出炭量及び人員が大幅に減少。
建物群の大きな変化は見られず。
1982


1999年
閉山後、1997年(平成9年) リゾート開発で飛島磯釣り公園・海水浴場がオープン。
1989年に閉校した県立高島高校の校舎はまだ残っています。
低層の炭鉱住宅はほぼ解体、炭鉱施設も消えています。高島トマトのビニールハウスが出来ているようです。
1999


2010年
いくつかの高層RCアパートのみ残存し、かつての住宅地は緑に変わっています。
現在とほぼ同じ風景でしょう。
せめて炭鉱のシンボルと言われる「竪坑櫓」でも残してあればなぁと個人的に思います。
Takashima_Island_Nagasaki,_Nagasaki_Aerial_photograph.2010


かつて1万人を超えた人口も今や3百数十名。
基幹産業が消え、人口流出に歯止めがかからないと必然的に風景は変わるのでしょうが、炭鉱閉山から34年の時間を「すでに」なのか、「わずか」と捉えるかは、人それぞれの島との関わり合いによって違ってくるんだろうと思います。



ここからは私が撮った写真で比較してみます。

「光町アパート・西浜アパート」

2006年10月権現山展望台より
8階建1棟(一番左のAP)、7階建6棟の高層アパートが確認できます。
今は「軍艦島が見える展望所」となっていますが、この当時は風力発電があります。
20061022


2020年9月権現山展望台より
14年経過、西浜アパートは3棟解体され4棟残っています。棟番号を表記しました。

現在は長崎市営住宅となっているので、市のHPからの住宅情報を記載します。
光町住宅は(写真左側に新しい5階建のAPが3棟あるので計4棟)
建築年度 昭和40年度~、建築面積 2,038.30平方メートル、延べ面積 6,134.40平方メートル
棟数 4棟、戸数 202戸、構造 RC造、階数5・8階、間取り2K・3DK、住戸面積38.60平方メートル~59.40平方メートル

西浜住宅は建築年度 昭和45年度~47年度、建築面積1,859.16平方メートル、延べ面積 13,014.12平方メートル、棟数6棟、戸数252戸、構造RC造、階数7階、間取り2DK・3DK
住戸面積38.20平方メートル~42.00平方メートル
s-A89A4348


市HPの西浜住宅の棟数は6となっていますが、解体前の数だと思われます。
s-A89A4335


「本町第1・2住宅」
2006年11月
4階建のアパートが多く残っています。
2006


2020年9月
各棟数世帯が居住されているようでした。
s-A89A4298


殆どの窓が塞がれています。アパートの周囲はきれいに管理されています。
本町第1住宅は建築年度昭和36年度~44年度、建築面積1,240.82平方メートル、延べ面積5,419.43平方メートル、棟数7棟、戸数113戸、構造RC造、階数3~5階、間取り2DK・3DK、住戸面積36.10平方メートル~47.60平方メートル
s-A89A4289


聞こえるのはただ風の音だけです。
s-A89A4331


どこへもたどり着けない階段が増えています。
s-DSC03028


まだ市営住宅として長崎市のHPでも紹介(募集)されている高層アパートですが、現状の入居者数、老朽化などから考えれば今後の維持存続はますます厳しい状況かと思われます。




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