2022年09月21日 12:00
撮影日:2022(R4).09.20
『祝西九州新幹線 開業まであと3日・・・』
西九州新幹線開通を祝し、22日まで新大村駅のライトアップが行われているとのこと。
散歩がてら見物してきました。
暗くてはっきりしませんが、駅周辺はこれから再開発予定なのでまだ更地です。

プロジェクションマッピングも映し出されていました。
武雄温泉駅までの66kmが開業なので「祝西九州新幹線暫定開業」では?・・・なんて思いながら見てきました。

一番列車のチケットは10秒で完売、空自のブルーインパルスが長崎駅上空を飛行するとか、イベント大盛り上がりな話で開業の23日を迎えます。

JR九州西九州新幹線キャッチフレーズは「はしれ、ぜんぶ乗せて。」
解決すべき多くの課題もぜんぶ乗せて、新幹線かもめが走り始めます。
『祝西九州新幹線 開業まであと3日・・・』
西九州新幹線開通を祝し、22日まで新大村駅のライトアップが行われているとのこと。
散歩がてら見物してきました。
暗くてはっきりしませんが、駅周辺はこれから再開発予定なのでまだ更地です。

プロジェクションマッピングも映し出されていました。
武雄温泉駅までの66kmが開業なので「祝西九州新幹線暫定開業」では?・・・なんて思いながら見てきました。

一番列車のチケットは10秒で完売、空自のブルーインパルスが長崎駅上空を飛行するとか、イベント大盛り上がりな話で開業の23日を迎えます。

JR九州西九州新幹線キャッチフレーズは「はしれ、ぜんぶ乗せて。」
解決すべき多くの課題もぜんぶ乗せて、新幹線かもめが走り始めます。
2022年08月30日 12:00
『ももちゃん、トーンしてごらん!』
8月14日、我が家の猫「もも」が死んだ。
生まれて20年、人間の歳に換算すると96歳になるらしい。
写真と一緒に彼女のことをここに記しておきたい。
2002年3月
前年にやって来た迷いネコ「ミケコ」が3匹の子猫を生んだ。
オスは「しまじろう」、メスは「もも」「小梅」と名付けた。

2002年3月
しまじろうとももはキジ猫。おでこに赤毛があるのがもも。
小梅は三毛猫でした。

2002年4月
ちょうどデジカメが一般に普及し始めたころ。
いつもモデルになってくれました。

2002年5月
3匹は元気いっぱい大きくなっていく。
私は猫の成長に驚くばかりでした。

2002年10月
ももと小梅は避妊手術を受けた。しまじろうの玉は温存した。
手術後、帰宅したもも。お腹の傷がちょっと痛々しかった。

2003年7月
猫は1年ちょっとで成猫になる。人間年齢20歳。
小梅は生まれて2年後、しまじろうは4年後、突然いなくなった。

2007年11月
落ち着いて貫禄がある横顔。人間年齢36歳。
この頃から食事時以外は、もっぱら屋外で生活するようになった。

2014年9月
いつも家の周囲でのんびり過ごしている。人間年齢64歳。
まだまだ身軽で俊敏な動きあり。

2020年3月
人間なら米寿。口の周りが真白になる。顎?が変形している。
姿を見せない日、食事も取らない日が増えてくる。

2022年8月13日
また姿を見せない日が続いていた。
どこかで死んだ?と思っていたが、ひどく傷んだ姿で現れた。
横たわりほとんど動けない状態だったが、ももちゃんと呼ぶと返事をしてくれた。
死が近づいているのは明らかだった、静かに見守ることにした。
2022年8月14日
朝、ももが死んだ。抱えるととても軽かった。
最期の挨拶にももは昨日帰って来たに違いないと思ってる。
裏庭に埋葬してあげた。
欲して猫を飼った訳じゃないけれど、生から死すべての姿を見せてくれたももちゃん。
ありがとう、安らかに・・・。
サブタイトルの『ももちゃん、トーンしてごらん!』って?
食事に来たももの頭上に手かざし、『ももちゃん、トーンしてごらん!』って言うと、後ろ足で真っすぐ立ち上がり、手のひらに頭を当てる動作をいつもやってくれましたね。おりこうさんでしたね(笑)。
8月14日、我が家の猫「もも」が死んだ。
生まれて20年、人間の歳に換算すると96歳になるらしい。
写真と一緒に彼女のことをここに記しておきたい。
2002年3月
前年にやって来た迷いネコ「ミケコ」が3匹の子猫を生んだ。
オスは「しまじろう」、メスは「もも」「小梅」と名付けた。

2002年3月
しまじろうとももはキジ猫。おでこに赤毛があるのがもも。
小梅は三毛猫でした。

2002年4月
ちょうどデジカメが一般に普及し始めたころ。
いつもモデルになってくれました。

2002年5月
3匹は元気いっぱい大きくなっていく。
私は猫の成長に驚くばかりでした。

2002年10月
ももと小梅は避妊手術を受けた。しまじろうの玉は温存した。
手術後、帰宅したもも。お腹の傷がちょっと痛々しかった。

2003年7月
猫は1年ちょっとで成猫になる。人間年齢20歳。
小梅は生まれて2年後、しまじろうは4年後、突然いなくなった。

2007年11月
落ち着いて貫禄がある横顔。人間年齢36歳。
この頃から食事時以外は、もっぱら屋外で生活するようになった。

2014年9月
いつも家の周囲でのんびり過ごしている。人間年齢64歳。
まだまだ身軽で俊敏な動きあり。

2020年3月
人間なら米寿。口の周りが真白になる。顎?が変形している。
姿を見せない日、食事も取らない日が増えてくる。

2022年8月13日
また姿を見せない日が続いていた。
どこかで死んだ?と思っていたが、ひどく傷んだ姿で現れた。
横たわりほとんど動けない状態だったが、ももちゃんと呼ぶと返事をしてくれた。
死が近づいているのは明らかだった、静かに見守ることにした。
2022年8月14日
朝、ももが死んだ。抱えるととても軽かった。
最期の挨拶にももは昨日帰って来たに違いないと思ってる。
裏庭に埋葬してあげた。
欲して猫を飼った訳じゃないけれど、生から死すべての姿を見せてくれたももちゃん。
ありがとう、安らかに・・・。
サブタイトルの『ももちゃん、トーンしてごらん!』って?
食事に来たももの頭上に手かざし、『ももちゃん、トーンしてごらん!』って言うと、後ろ足で真っすぐ立ち上がり、手のひらに頭を当てる動作をいつもやってくれましたね。おりこうさんでしたね(笑)。
2022年08月16日 17:46
撮影日・2022(R4).08.14
『再開発にはびっくりしたけれど・・・』
今年のお盆は「コロナによる行動制限のない・・・各地賑わう」なんて言われていますが、仕事柄相変わらず行動制限を受けたままの生活が続いています。
最近の急激な感染拡大により、更に生活ロードマップが厳しくなってしまいました。
さて、墓参りは長崎市内のお寺を残すのみとなり、大村から長崎へ出かけました。
久しぶりの長崎、見慣れた風景が大きく変わっていたのでいくつかご紹介します。
立山にある「長崎市立老人憩の家さくら荘」にはウクライナ国旗?
早く戦争が終結することを願います。

中央右の高層ビルは長崎市役所新庁舎。来年1月オープン予定。
現在、内装工事が進捗中のようです。

斜面の宅地は更地が増えています。空き家も多いんでしょうね・・・。

長崎駅前も工事中。カモメ広場が大きくなるそうです。
2025年頃に全体が完成予定。
まだ新長崎駅に行ったことがありません。

ジャパネットがサッカースタジアムを中心にアリーナ・ホテル・オフィス・商業施設・ホテルなどを開発中のようです。元三菱跡地です。
新幹線の架橋が金比羅山を突き抜けて登場しています。

利便性の良い場所はマンションだらけ。

西山の三叉路付近、漂う廃墟感。
古い戸建ての多くがこの様な状況になりつつあります。

玉屋跡地の複合ビルも完成してました。10月頃にオープン。

伊良林小学校、こじんまり綺麗になっていました。

人も車も少ないね。

新しい建物ができ、新幹線が開業するなど未来志向なイメージがありますが、俯瞰的に考えると活気が無い、寂れてるなぁって感じがありました。
近年、長崎に出かけるたびにそう思ってしまいます。
『再開発にはびっくりしたけれど・・・』
今年のお盆は「コロナによる行動制限のない・・・各地賑わう」なんて言われていますが、仕事柄相変わらず行動制限を受けたままの生活が続いています。
最近の急激な感染拡大により、更に生活ロードマップが厳しくなってしまいました。
さて、墓参りは長崎市内のお寺を残すのみとなり、大村から長崎へ出かけました。
久しぶりの長崎、見慣れた風景が大きく変わっていたのでいくつかご紹介します。
立山にある「長崎市立老人憩の家さくら荘」にはウクライナ国旗?
早く戦争が終結することを願います。

中央右の高層ビルは長崎市役所新庁舎。来年1月オープン予定。
現在、内装工事が進捗中のようです。

斜面の宅地は更地が増えています。空き家も多いんでしょうね・・・。

長崎駅前も工事中。カモメ広場が大きくなるそうです。
2025年頃に全体が完成予定。
まだ新長崎駅に行ったことがありません。

ジャパネットがサッカースタジアムを中心にアリーナ・ホテル・オフィス・商業施設・ホテルなどを開発中のようです。元三菱跡地です。
新幹線の架橋が金比羅山を突き抜けて登場しています。

利便性の良い場所はマンションだらけ。

西山の三叉路付近、漂う廃墟感。
古い戸建ての多くがこの様な状況になりつつあります。

玉屋跡地の複合ビルも完成してました。10月頃にオープン。

伊良林小学校、こじんまり綺麗になっていました。

人も車も少ないね。

新しい建物ができ、新幹線が開業するなど未来志向なイメージがありますが、俯瞰的に考えると活気が無い、寂れてるなぁって感じがありました。
近年、長崎に出かけるたびにそう思ってしまいます。